負けた──。

自他ともに認める日本ボッチャ界のエースが。それも、決勝ではなく予選で、若手選手に。

ボッチャ,BOCCIA,boccia

僕が初めて「ボッチャ」の取材を行ったのは2008年の夏。翌年に東京で開催されたアジアユースパラゲームズを紹介するためのものだった。

その頃、彼──廣瀬隆喜(ひろせたかゆき)選手は、すでに日本のトップに君臨し、国内どころか、世界でも名を知られる大選手だった。

2009年には、日本選手としては後にも前にもまだ彼唯一という国際大会(第3回アジア・南太平洋ボッチャ選手権大会 / 2009年8月、香港で開催)での優勝を果たし、これまた日本選手としては彼唯一という世界ランキング1位の座にも就いた。

国内では連戦連勝、連続優勝。一昨年の日本選手権(第14回大会)の決勝で、日本代表の盟友でもあり、国内最強最高のライバルである杉村英孝選手に敗れるまで、2007年以来、出場した個人戦のすべての試合で勝ち、すべての大会で優勝している。

まさに日本ボッチャ界の大エースであり、現役バリバリながらも大レジェンド。その実力、アスリートとしてのメンタリティは、国内では別格である。

余談ではあるが、彼の地元である千葉県の大会や関東地区の大会などに出場した際、僕は「(全試合を通して)1点でも失点したら罰ゲーム」だとか「(全試合とも)10点以上獲らなければ罰ゲーム」などと冗談半分で勝手なノルマを課したことがある。他の選手にとっては本当に失礼極まりない話であり、冗談でもそんな発言をしたことに対してこの場を借りてお詫びしたいのだが、それくらい他の選手との差は歴然だったし、他の選手たちもそれを認めていた。

 

そんな選手が、予選リーグで負けたのである。

それも若手選手に。

もちろん、勝負事だから「絶対」はないし、展開によって予想だにしない結果となることがあるのもボッチャのおもしろさだから、また、若手とはいえ急成長してきた選手が相手であり、トッププレーヤーとはいえ、負けることはあるのだから、廣瀬選手の話でなければ、さほど大騒ぎするようなことではなかった。

繰り返しになるが、一昨年の日本選手権の決勝で敗れているので、連勝がストップしたとか、無敗神話が崩れたとか、そういうことではない。結果だけ見れば、単に予選リーグで1敗しただけのことである。

 

なのに、今回は違った。

「廣瀬選手が負けた」というニュースは、驚きの声となり、大会会場中に伝わった。

この一戦の結果が、「○○選手が勝った」ではなく「廣瀬選手が負けた」と伝えられたことが、日本ボッチャ界においての、その衝撃の大きさを物語っているだろう。

勝利の女神のいたずらや、好・不調、得意・不得意といった勝敗の分かれ目を、圧倒的な実力で超越し、勝ち続けてきた選手の敗戦だっただけに、僕は、いや彼を知るだれもが、「廣瀬選手の連勝がストップした」と感じてしまったのだろう。

 

絶対王者が負けた──。

試合後、「試したことが失敗して、たまたま大量点をあげてしまっただけ」と、敗れたことを気にしていないという素振りで淡々と語った彼だったが、その心の中は大きく波打っていたのではないだろうか。

集中力を高めるため、周囲の雑音を遮断するようにヘッドホンで音楽を聴き、自分の世界に身を投じる試合前とは一転、親しみやすく、気さくで、笑顔の素敵なお兄さんに戻るいつもの試合後の彼とは、このときは様子が違った。

試合に敗れた選手の心情は想像できる。

僕は仕事柄、試合後に敗れた選手にも話を聞くことがあるが、その声のかけ方には細心の注意と最大の配慮をはらっている。明るく冗談めかして話した方がよい選手もいれば、まったく声をかけられない選手もいる。自分から「負けちゃいました、ハハハ」という選手もいれば、だれにも話しかけられたくないというようにどこかに消えてしまう選手もいる。

廣瀬選手は──?

一昨年の日本選手権決勝で敗れたときは、その試合が「日本でもこんなハイレベルなボッチャゲームが観られるのか」と感嘆したほどの素晴らしさだったこともあり、「ナイスゲーム」「惜しかった」などと、勝ち負けを超越した最高のゲームを見せてくれたことへの感謝の想いを言葉にしてかけることができた。

相手がロンドンパラリンピック日本代表チームメイトで、お互いにその実力を認め合っている杉村選手であり、次の試合のない決勝戦での敗戦だったから、彼自身も、悔しさはあっただろうが、ショックを引きずることもなかったようである。

しかし、今回の敗戦は、その意味も、シチュエーションも前回とはまったく違う。

ここ何年も、こんな敗戦を経験していなかった選手である。どう声をかければいいのか。

今日ばかりは、いろいろ質問してくる僕の存在はさぞかし迷惑なものだっただろう(苦笑)。この日は一言、二言当たり障りのない言葉をかけることしかできなかった。

 

第16回日本ボッチャ選手権大会予選リーグを終えての、翌日の決勝トーナメントの見どころは──

僕の中では、「全勝で勝ち上がって当たり前の予選で、予想もしていなかった1敗を喫してしまった日本のエースの戦いぶり」になった。

 

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