思わぬ敗戦のショックからスランプにおちいり調子を崩してしまうことはよくあるし、逆にショックをエネルギーに変えてさらなる成長を遂げることもよくある。

果たして廣瀬選手は──?

 

日本が世界と戦うために、日本のボッチャをさらに広め高めていくために、彼はなくてはならない存在である。彼の存在なくして、日本がパラリンピックでメダルを争うことはできない。僕はそう思っている。

廣瀬選手、杉村選手のBC2クラスの2トップは、日本のボッチャのすべてのクラスを見渡しても最強であり、世界の強豪国のエースたちと比較しても見劣りしないと思っている。

今回の敗戦は、そんなエースにとって、どんな意味を持つものになるのか。

今だから書けるが、もし彼が敗戦のショックを引きずり、決勝トーナメントで本来のプレーを見せることができなかったら、このレポートは書かれていなかった。

 

でも、今こうしてこのレポートは書かれている。

 

そういうことである(笑)。

 

またまた余談だが、予選リーグで彼が1敗したことにより、大きな迷惑をこうむった選手がいる。決勝トーナメントに進出できるのは各予選グループの上位2名。つまり1位と2位である。ベスト4進出をかけたトーナメント初戦(準々決勝)ではグループ1位の選手と、他のグループの2位の選手が対戦する。1つでも上の順位に就きたい他の選手にしてみれば、一目置いている廣瀬選手、杉村選手とはできるだけ後の方で戦いたいのが心情だから、当然1位通過してくるはずの2選手と準々決勝で当たらないようにするため、グループ1位で予選リーグを突破できるよう、予選から全力を出して戦ってきたのである。

なのに、廣瀬選手が予選グループ2位通過・・・。

アスリートである以上、建前としてでも選手はみな優勝を目指しているし、勝ち上がれば、いずれは対戦するのだから文句を言うようなことではないのだが、上位進出へのルートを狂わされた選手たちの気持ちもよくわかる(笑)。せっかく予選1位通過したのに、ベスト4進出が難しくなってしまったのだから。ベスト4入りを決めてから戦うつもりだった強敵キャラが、準々決勝で登場するのだから、たまったものではない(笑)。

 

さて、決勝トーナメント。

廣瀬選手は、僕の予想を上まわる気迫とパフォーマンスを見せてくれた。

それは、復調ではなかった。

これまでよりも1つステージを上げた、進化だった。

本人が意識していたかどうかはわからないが、ここ何年か、廣瀬選手は停滞していた。決して結果を残していなかったわけではないが、自分が成長しなくても国内では勝てたし、優勝もできたから、刺激が少なくなってきていたのかもしれない。

このままでは世界では勝てない。パラリンピック、世界選手権での経験から、現状のままではいけないことを感じていただろうが、最高潮期の躍動感と比べると、今一つ吹っ切れていないように僕には見えていた。

一昨年、杉村選手に敗れたことは一つの刺激になっただろう。しかし、試合自体のレベルが高く、相手が実力を認め合っている盟友だっただけに、停滞感を払しょくするような起爆剤にはならなかったようだ。

しかし、今回は違った。明らかに違った。

 

吠えた。

 

どの選手よりも激しく、力強く、

吠えた。

これまでも、自分で納得できる投球ができたときなどにときおり声をあげたり、ガッツポーズを見せることはあった。だが、今回のそれは、そんなスマートなものではなかった。

心の中の鬱憤をすべて吐き出すかのような、文字通り「吠え」だった。

 

その気迫は、会場にいた他の選手たちを遥かに凌駕していた。圧倒していた。

相手と戦いながら、これまでの自分とも戦っているようだった。昨日までの自分を、今日の自分が圧倒しようとしているようだった。

見ている者たちにもハッキリと伝わった。王者が怒っている、苛立っている、そして、目覚めた、と。

気迫が高まるほど、集中力も高まっているようだった。

ボッチャ廣瀬隆喜選手(BC2クラス)

気持ちが入っているからこそなのだろう。技術面でも突き抜けた。

迷いなく、集中力を極限まで高めて投じられた一球、また一球は、確実に対戦相手のポイントチャンスを叩き潰した。

準々決勝の相手はパラリンピアンの海沼理佐選手、準決勝の相手は2年連続して決勝戦で苦杯を飲まされている杉村選手。楽な試合をさせてくれる相手ではなかったが、寄せれば寄せ返し、弾かれれば弾き飛ばし返し、試合の主導権を握り続けた。

圧巻だったのは、海沼選手にジャックボール(白球)の手前を固められ、一見すると圧倒的に不利な場面。

浮き球を投じた。

局面を大きく変える武器として世界では使い手が多いものの、国内ではまだあまり見られない飛び技。海外で悔しい思いをしてきた廣瀬選手が、世界と戦う切り札の1つとして密かに練習を続けてきた世界基準の投球が、ピンチを一気にチャンスに変えた。

廣瀬選手の投じたボールは手前の壁(海沼選手のボール)を飛び越えて、ジャックボールを直撃。弾かれたジャックボールは、そのままサイドのラインの外へ──。一瞬のうちに形勢逆転。試合そのものの流れも手中にした。

コントロールが難しく、多投すると通常の投球の距離感を損なわせてしまうこともある浮き球について、僕は必ずしもすべての選手が使うべきではないと思っている。しかし、当たり前のことだけやっていても世界とは戦えない。上を目指せば目指すほど、世界で勝ちたいと思えば思うほど、ときにリスクがあってもチャレンジしなければならないときがある。この投球は、2016年のリオパラリンピック、そして2020年の東京パラリンピックへ向けた廣瀬選手の覚悟の表われなのだろう。僕には、それまでの停滞感を吹き飛ばす爽快な一投に見えた。

またまた余談だが、ヒーロー物のドラマの主人公が気迫最大限で見せ場の戦いにのぞんだとき、敵キャラは倒されるしかないように、廣瀬選手にこの日のような別次元の気迫を見せられたら、対戦相手は技術うんぬんではなく気持ちで負けてしまいそうなものである。だが、準々決勝の海沼選手、準決勝の杉村選手、決勝の内田恵三選手とも、最後まで心を折られることなく自分のプレーを見せ続けた。さすがである。廣瀬選手にこの日のような気迫で向かってこられたら、若手選手は飲まれてしまって、自分のプレーなどできないだろう。話の本筋とは異なるが、この日廣瀬選手と対戦した3人のトップ選手にも敬意を表したい。

 

さて、第16回日本ボッチャ選手権大会BC2クラス決勝トーナメントの結果は──。

廣瀬選手、3年ぶり6回目の優勝。

日本のエースが、頂点に返り咲いた。

日本を代表するボッチャプレーヤーである廣瀬選手にとって、国内のタイトルは譲れないものではあるが、それが終着点ではないだろう。僕の期待も含めて書かせてもらうなら、目指すべきはやはり世界で勝つことであり、もっと明確な目標として書かせてもらうなら、2016年のリオパラリンピックでこれまで以上の結果を残し、2020年の東京パラリンピックでメダルを獲得することだろう。

第16回日本ボッチャ選手権大会での王者の覚醒は、日本ボッチャが2020年東京大会でメダルを獲得する可能性を大きく高めてくれたと僕は思っている。

2020年、東京パラリンピックの決勝戦で、廣瀬選手が吠える姿をぜひ見たいものである。

 

■廣瀬隆喜選手
日本を代表するボッチャプレーヤー。国内最高峰の大会である日本ボッチャ選手権のBC2クラスで、史上最多の6回優勝。

ボッチャ廣瀬隆喜選手(BC2クラス)

 

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